日  時 2009.8.30(日) 11:00〜16:00
場  所 三重県名張市
参加人数 42名
協  力 宏聞建設工業(株)、トステム(株)、日本オスモ(株)、
(株)ニッシンイクス、(株)ハウスドクター、
藤本窯業(株)、山中三方園
テ ー マ 『熟年向け住宅プラン"日本の民家"第1号が竣工!』
講  師 新井律子 新井律子建築設計事務所主宰
詳  細 OB・OGの暮らす家
『熟年向け住宅プラン"日本の民家"第1号が竣工!』



セミナー風景
施主ご夫妻から一言
宏聞建設工業中澤社長から一言
縁側にて昼食
3時の西瓜
記念撮影
  今回のセミナーでは、三重県の最南西端、奈良県に隣接する名張市は宇陀川に面した会場にお邪魔しました。Sさんご家族が、日本画家でもあるご主人のアトリエを兼ねて新築された建物で、今年の4月にツシマ(株)・ウッディランド事業部が発表した「日本の民家」のパイロットハウス第一号でもあるお住まいです。
  当日はご主人が描かれた作品も多数展示され、ギャラリーとも言える空間の広がりを感じました。絵は何れも素晴らしく、Sさんのやさしさや人間性に溢れた作品ばかりでした。
  設計を担当された新井律子氏より構造、杉の床材等の説明を受け、参加者の皆さんは真剣に聞き入っていました。
  建物は木造平屋建て、延床面積24坪、杉の柱と梁、同じく杉の床材、壁は白の漆喰塗りです。天井も高く開放的な空間、重厚感のある大きな屋根、深い軒は雨の日でも窓を開けたまま過ごせ、簡素にして質実剛健、心を落ち着かせてくれるお住まいです。
  ご主人から「どうぞ皆さん裸足になって床の感触を感じてください。気持ちがいいですよ。」とお誘いを受け、私も裸足になり杉の床材の感触を足の裏に直に感じました。杉の床材はあたたかく、少し柔らかいため足も疲れ難く、足の裏がくすぐったくなり気持良さが感じられ、素材の良さを十分に意識させられた次第です。
  施工は宏聞建設工業(株)で、中澤社長からは「完成した時、施主様から“ありがとう!”と言われる、この言葉が本当にうれしくて工務店冥利に尽きます。」と感謝の言葉が述べられました。
  さて、前半の密度の濃いセミナーも終わり、いよいよ昼食です。豆カレーとピクルスが供され、奥様お手製のサモサもとても美味しくて、皆さん遠慮なくお替りをされていました。食後の休憩中にはそれぞれ広縁に腰を降ろし、広い庭からのぞむ宇陀川の景色を堪能されていたようです。目をつぶると川のせせらぎが心を落ち着かせてくれ、時折心地よい風が舞い込んで、くつろいでいる方々を和ませてくれた食後でした。皆さんは口々に「最高のロケーションだね」と感想を述べられていたのが印象的でした。
  最後に西瓜が振舞われ、皆さんはお腹の満腹感と心の充足感で一杯になられたと思います。参加者全員が、のんびりとした一時が過ごせ、笑顔に溢れてセミナーを終えることが出来ました。
  施主のご家族の皆様、ご協力いただきましたスタッフの皆様、ご参加いただきました参加者の皆様、本当にありがとうございました!
文/中澤弘一
事務局より、
お申込み願えれば、S邸は「日本の民家」のパイロットハウスとして見学ができます。
ご都合でセミナーに参加出来なかった方は、住まいの原点を学ぶ意味でも、是非見学をお勧めします(完全予約制)。
見学ご希望の方は事務局へお問合わせください。

  三重県名張市か、行きたいけどちょっと遠いなぁとためらっていましたら、津島さんからお誘いの電話をいただきました。当日は、山口さんご夫妻の道案内で、京都駅から近鉄に乗り、西大寺で待ち合わせ、大和八木で乗り換えて赤目口駅を目指しました。駅からスタッフの方々の車に乗せていただいて、いざ現地へ。
  200坪の敷地、平屋で24坪ってどれくらいの広さなんだろうとワクワクしている内に到着です。
  家の前に2台分の駐車スペースの他、大きな倉庫が設置され、門柱から玄関までの距離が長い。家の周囲ぐるっと、まだ広いお庭が残っていて、これから植栽の予定だそうです。また、この土地から掘り出された自然石を飛び石として効果的に使っておられました。
  広い玄関に立つと、正面に画家であるご主人が描かれた絵が掛けられ、足元は豆砂利の洗い出しに踏石の和モダンなしつらえ。驚いたのは縁側で、軒が深くてまるでお寺のように広く、屋根を支える太い垂木(こんなに多いものか?)が重厚で圧倒されました。私も子育ての真っ最中は季節ごとにいろんな行事に取り組んだ覚えがありますが、このスペースは蛍観賞、七夕、お月見、バーべキューなど多彩な楽しみ方ができそうだとうらやましくなりました。
  アトリエ、リビング、寝室の3部屋が、川とこんもりした木の繁みに面して窓を大きく開け、自然の移ろいを日々感じながら生活できるように考えられているようです。
  玄関の他、各部屋に掛けられたご主人の絵は、シンプルで力強く、土の匂いのするぬくもりのある絵で、お人柄を感じさせると共に、お家のイメージにぴったり合っていました。
  門柱や照明にもご夫婦のセンスの良さがうかがえて、とても素敵なお住まいです。この土地にしてこの家あり!平屋はバリアフリーで目線が低く熟年向きかと思いましたが、若いご夫婦の感性でこんな風になるんだという見本のようなお家です。
  緑豊かな自然の中で、木の香るお家を堪能した後、お昼には手づくりのカレーやピクルス、奥様から珍しい一品の差し入れ、おやつにスイカまでご馳走になって、気持ちにもお腹にも贅沢な一日になりました。駅からの送迎、食事の準備などお世話してくださった皆様に感謝です。ありがとうございました。
京都市在住 中路眞知子 59歳


  今回の総選挙の特番を見ながら、時代の節目を感じつつ、本日ご紹介の「日本の民家」で感じた住宅設計のあるべき姿を見た思いは、その節目という意味では(大げさでなく)、同じ種類のものを感じたくらいです
  ほとんど、言葉通り、感動しておりました ありがとうございました

1、これ以上ない立地条件を活かしきった点
2、規模、プラン、断面、材料、外観どれを取っても申し分なし
3、建て主さんが瓦を選択された事と心から喜ぶさま
4、参加者の皆さんの反応、手ごたえ

  改めて素晴らしい仕事をなされた事、自信を持たれてまちがいないです
  お二人の、今後のご活躍をお祈りしています
京田辺市在住 杉本正顕 64歳(建築家)


  久しぶりに田舎を歩いてみたくなって赤目口の駅には一時間ほど早く着いた。津島氏にぜひにと誘われ、今回は日本の民家をテーマにしたパイロットハウスの見学会に参加させていただく。会場までは30分程と聞いていたので歩いてみたかったのだが、期待していた以上で、まず最初の集落で心を奪われた。立派な建物が建っている訳でもなくどこにでもある神社を中心とした田舎の集落なのだが、歩いていて妙に気持ちがいい。清清しく、品があり、なつかしい。
  秋色のたんぼの中を少し歩いた第2の集落の中にSさんご家族がこれから住まわれる家が建っていたが、立地条件は申し分ないというか、うらやましい。このような場所を選ばれただけで、家造りは半分成功したようなものだろう。
  会場についてさっそく新築のお家を見せていただく。勾配をとった寄棟の大屋根、田の字型を基本とした単純な平面プラン、現しの構造体、日本の気候風土に叶った深い庇と建物の前後に配置した濡縁、全て古来からの日本の民家の形を踏襲しているが、中でも一番気に入ったのは家の中を吹き抜ける風だった。
  昔の棟梁は家を建てる場合、まずその立地や地域性から季節毎の風向を予測し家の中を風が流れるよう心を砕いたという。高温多湿の気候風土と、湿気や虫害を嫌う木材を主要構造材に選んだ生活の知恵である。それに引換え現在の我々は光を重視する余り、ガラス貼りの温室のような家を建てたり、高気密という名の元に日本の夏を考えればサウナの中でウエットスーツを着たような家を建てておいて、やれクーラーだ換気扇だ除湿機だと、機械力に頼ろうとする。
  何かがおかしい。そんな事をしなくても先人はちゃんと与えられた条件の中で対処していたのだなあと、心地よい風に吹かれながら思いだした。
  現地では工務店の方々の苦労話や、色々なお話をお聞きしたが、会員の方々からはやはり、様々な異見もあったようで、「アルミサッシでは木製で…」とか「日本の民家なら土壁で…」等々に専門家のふりをして意見を述べてみる。そんなやりとりをしながらどうも違和感があり、その違和感はこの感想文を頼まれてからもずっと残っていた。
  そもそもこの感想文を依頼されるには伏線があって、前々回のセミナーで今回の「日本の民家」の図面と説明を与えられた上でアンケートを求められたのだが、そのおりにかなり失礼で辛辣な意見を述べさせていただいた。南欧風とか、山小屋風とかではなく日本の民家と暮らし方研究会である。その設立の主旨からして暮らし方研究会がかかわるとなれば文化とか伝統とか本物とかいう議論は避けて通れないであろう。しかも寺社建築とか数奇屋のようにその時代時代の最高の技術をもって建てられ、それに伴った評価が与えられたものではなく、民家である。
  民家とか民芸品とかいうものに、本来の評価が与えられたのは、柳宗悦の民芸運動以来であろう。一段低く見られ、評価の対象にすらなっていなかったものに光を当て、その価値や美を見いだし、我々に再認識させてくれたこの人の影響ははかりしれない。がしかしその足跡が大きすぎ、ブランド化した為に誤解、曲解され氏の目指した道とは大きく異なったものも数多い、表面だけを取りつくろった民芸風なる様式はいくらでもあるし、専門家の先生方でもその本質において全く別の建物を造っておいて木材や土壁を使っただけで和風ですとおっしゃる。そんな例は見あきたし、論評する気にもなれないが暮らし方研究会と日本の民家である。パンドラの箱をあけるか、虎の尾を踏むか、そんなこんなの心配事が頭の中を駆け巡り、ついつい筆がすべった。
  改めて今回の建物を見てみても、先に述べた美点は多々あるにしても、工法といいその素材や各パーツにおいては全くの別物であろう。いくらこれが伝統の様式でなどと素人を煙に巻いたところで我々の知識や経験などたかが知れたもので建築の神様から見れば五十歩百歩。昔の棟梁にこんな家は俺の造っていたものとは違うと笑われるに決まっている。しからば綿々と引き継がれてきた日本の民家なるものは我々の代でとだえてしまうのか、それもまたおかしな話でそんな訳はなかろう。何を持って日本の民家を名乗り、何を伝えていくべきなのか、さあ困った。
  思考が堂々巡りをして、難儀していた時に、ある言葉をふと思いだした。そうか「不易流行」か。いうまでもなく俳聖芭蕉の説いた概念だが、我々が先人から受けついできたあらゆるものに当てはめることができる。文化だの伝統だのといってみても我々の手にとどくまで日々変化を重ねてきた、我々はその通過点にいるにすぎず、これが伝統の何々でなどといってみたところで、浅薄な知識で、ある時代の一断面を切取ったにすぎない。それを固定した形としてとらえようとすることこそ、筋違いな考えであった。時代に流れて流されず、しかも本質を保って、「不易流行、不易流行」と呪文のように唱えて見ると霧が晴れたような気になった。こんな便利な言葉を後世に残してくれただけでも、やはり芭蕉翁は偉大である。
  しかしこの「不易流行」言うは易く行うは難し。守旧に徹し形を守るのは易しい、流行に流されるのは言わずもがな、しかしここに本質をわきまえての一文が入るだけで難易度10にはねあがる。本質を保った上で軽々と変わりゆくなどというのは、芭蕉のような天才にして始めて可能な事であろう。
  が、またしかし我々の先人はそれを意識するしないに関わらず成し遂げてきた。変わりゆく事こそその本質であるとわきまえれば専門家の持つ知識や固定概念などブレーキになりこそすれ、芭蕉の意とする所にはそぐわないものなのかもしれない。建築は文化の中の大きな要素であるが一要素にすぎない。専門家が持っている価値感や本質だと思っている事すら時代とともに変化してゆくので あるならば、これはどうも造り手の問題ではなく、住まい手の問題であるようだ。無責任なようだが建築家は誠意をもって自分が本質だと思うものを形にし、何を残し何を伝えるかは住まい手に委ねるしかあるまい。
  所用があってセミナーを早退させていただいた。帰りも駅まで歩いてみた。あの集落の中を通りながら何故こんなに気持ちがいいのだろうと考えていたのだがある事に気がついた。各農家の庭先、駐車場、お宮さんの境内、チリ一つ落ちていなければ、雑草もはえていない。土のままか、砂利敷程度の何の変哲もない空間なのだが、経験のある方ならお解りだろうが、この夏場に雑草一本 はえていないということは大変な事なのだ。しかも特定の家だけでなく村落全体がである。「これは文化やな」と思った。村落全体が共有する文化が脈々と受けつがれていなければこうはならない。
  私の敬愛する司馬遼太郎氏の説によると文化とはある歴史や言語など諸々の背景を共有する人間の集団が発する固有の匂のようなもので、文明とはそれにひきかえ他の集団にも受け入れられる普遍性をそなえたものという。明快である。固有の匂であるから他の集団から見れば相入れない所があってもそんな事は論議の対象ではない。庭先の雑草をむしり、境内を清らかに保つ事を文化と言はずして何と言おう。Sさんは本当によい土地に居を構えられた。
  いうまでもなく人間の集団の最小単位は家族であり、先の定義に従えば、各家庭毎に文化があってしかるべき。建築家は空間を切り取り舞台は整った。
  日本という大きな文化の中で、名張の山里の文化に囲まれて、Sさん一家の文化が始まる。10年後、いや20年、30年先が楽しみになってきた。
堺市在住 尼崎秀明 54歳(匠びとの会会員)



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